JB Press 2014.04.17(木)
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/40458
アメリカのインド洋支配に挑戦し始めた中国海軍原潜でインド洋パトロールを実施、危機感を隠さないアメリカ
「中国軍事力は透明性を欠くとともに、ますます覇権主義的行動が顕著になっている。
その侵略的強化を私は憂慮している。
・・・係争中の海域での中国側による一方的な行動は極めて危険極まりない。
・・・そもそも、中国による領海や島嶼に対する主権の主張は国際法に照らして根拠があるとは言えない」
4月9日、オーストラリア・キャンベラのオーストラリア戦略政策研究所での会合の席上、アメリカ太平洋艦隊司令官ハリス大将は、中国の軍事力とりわけ充実の速度が著しい中国海洋戦力と覇権主義的海洋戦略に対して、強い口調で懸念を表明した。
■公の場で太平洋艦隊司令官が中国侵略主義を批判
東シナ海・南シナ海を含む東アジア戦域の地政学的情勢に精通しているハリス大将は、太平洋艦隊司令官就任後もしばしば中国軍事力に対する懸念を表明していた。
先日、筆者がファネル大佐(「『中国軍が対日戦争準備』情報の真偽は? 足並み揃わない最前線とペンタゴン」を参照)と共にハリス大将と雑談した際にも、ハリス大将は中国海軍警戒論を口にしていた。
今回は公の場で、中国による東シナ海上空への防空識別圏(ADIZ)設定や、日本やフィリピンそしてベトナムなどに対する島嶼領有権を巡る強硬行動などを、(ブリスベン・タイムズの表現を借りると)“いつになく激しい口調で”非難したのである。
もちろんハリス大将による中国脅威論は、なにも自身が日系人であり個人的にも日本に対して好感を持っているという私的感情に基づいているわけではなく、海軍情報部や軍情報機関それにシンクタンクの諜報や情報ならびに専門的分析などを総合しての軍人、それもアジア太平洋戦域のアメリカ海軍実働部隊のトップとしての、プロフェッショナルな知見と判断に基づいたものである。
■アメリカ海軍が憂慮する中国潜水艦戦力
ハリス大将は中国海洋戦略に対する懸念の表明と共に、太平洋とインド洋におけるアメリカ海軍のプレゼンス継続の必要性を強調した。
そして、オーストラリアは潜水艦戦力への投資を充実させるべきであると要求した。
この提言は、アメリカ海軍関係者による中国海軍に対する危機感の根底には
「潜水艦」がかなりの比重を占めている
という事情がある。
アメリカ海軍によると、中国海軍は
★.4隻の戦略原子力潜水艦の他、
★.少なくとも6隻の攻撃原子力潜水艦、
★.それに35隻の近代的通常動力潜水艦
を運用している。
そして、かつてのように「数は多いがほとんどが旧式潜水艦で現代の潜水艦戦にはものの役に立たない」といった状況から脱して、数も多いが質も“相当向上した”という状態になっている。
加えて、
★.毎年3隻の潜水艦が誕生し続けていて、
数年後には70隻もの各種近代的潜水艦を擁することは確実な状況である。
■中国攻撃原潜のインド洋パトロール
先月も、中国海軍の攻撃原子力潜水艦が2カ月半(2013年12月3日~2014年2月20日)にわたるインド洋パトロールを実施していたことが、インド軍ならびにアメリカ軍情報機関によって確認された。
数年前までは、中国海軍が運用していた攻撃原子力潜水艦というと、旧式設計とエントリーレベルのテクノロジーのために騒音をまき散らす“とんでもない代物”といったイメージが強かった。
しかし、その旧式の「091型(漢型)攻撃原潜」に取って代わって登場した
「093型(商型)攻撃原潜」は、数年にわたる試験運用による改良を経て、
アメリカ海軍のロサンゼルス級攻撃原潜と同レベルの静粛性を達成した
と言われ、実戦運用が開始されているものと考えられていた。
このような093型攻撃原潜によるインド洋パトロールの実施は、秘密裏に実施されたわけではなかった。
中国海軍当局が、
「アデン湾で実施されている多国籍海軍による海賊取り締まり活動へ参加中の中国海軍水上艦艇を支援するため、潜水艦を派遣する」
とのメッセージを在北京インド海軍武官に対して発していたからである。
ただし、姿を海上に曝している水上艦艇や、数週間ごとに海軍基地や潜水艦母艦などで燃料等の補給を受けなければならない通常動力潜水艦と違って、基本的には潜航を続けながら作戦行動する原子力潜水艦の行動を探知するのは容易ではない。
中国側の発表とアメリカ海軍ならびにインド軍の情報からインド軍が割り出した情報によると、2013年12月3日に海南島の原潜基地を発進した中国海軍093型攻撃原潜は、南シナ海~セレベス海~モルッカ海~バンダ海を経て、オンバイ海峡をサブ海に抜けてインド洋に至った。
そして12月13日から2014年2月12日の間、アデン湾ならびに広大なインド洋で海賊パトロールを実施した後、マラッカ海峡を南シナ海に抜けて、2月20日、海南島原潜基地に帰投した。
■シーレーンを巡る米中対決が始まった
これまでのところ、インド洋の広範囲にわたって潜水艦を作戦させ得たのはアメリカ海軍とインド海軍だけであった。
したがって、中国海軍攻撃原潜によるインド洋パトロールが公式に確認されたことによって、インド海軍は極めて大きな衝撃を受けている。
同様に、インド洋の海上航路帯に“単独で”睨みを利かしてきたアメリカ海軍にとって、厄介な挑戦者が誕生してしまったことになったのである。
中国にとっては、近年ますます重要性が高まっているインド洋から南シナ海へ至る海上航路帯(シーレーン)をアメリカ海軍だけがコントロール可能な状況はなんとしても解消しなければならない。
アメリカやインドによってインド洋の中国関係船舶の行動が阻止されてしまう状況は避けなければならない。
したがって、今回の攻撃原潜によるインド洋パトロールは、
中国海軍がインド洋でのシーレーン防衛(あるいは妨害)能力を保持しつつあることを誇示する意図があった
ものと考えられる。
ハリス大将がオーストラリア海軍に潜水艦戦力増強を提案したのは、明らかに上記の攻撃原潜を含んだ中国海軍潜水艦戦力に、アメリカとその同盟国で立ち向かおうという意図に基づいての発言であったと考えられる。
現在のところ、アメリカ海軍が中国潜水艦に立ち向かうための最大の同盟軍は、多数の攻撃潜水艦、対潜哨戒機、対潜能力が充実した水上戦闘艦を保有する海上自衛隊である。
しかし、静粛性に優れた多数の攻撃潜水艦や、静粛性と機動性に秀でた新鋭攻撃原潜を西太平洋やインド洋まで繰り出しつつある中国海軍潜水艦隊に対抗するには、海上自衛隊だけでは十分ではない。
オーストラリア海軍の潜水艦隊も強化してほしいというのが、現在のところ自国の海軍力を増強することが絶望的なアメリカ海軍の本音なのである。
■自力で守る中国、アメリカにすがる日本
もっとも、インド洋のシーレーンは日本にとっても中国にとって以上に重要な「国民経済活動を維持するための生命線」である。
幸いなことに、日本は過去半世紀以上にわたってアメリカの軍事的庇護を受けてきたため、中東産油国からインド洋~マラッカ海峡~南シナ海を経て日本へ至るシーレーンでの自由航行をアメリカ海軍の威光によって“これまでのところは”確保することができた。
しかし、日本にとってのアメリカような“保護者”を持ち合わせていない中国は、万一アメリカやその同盟国・友好国との間で戦争状態に突入した場合には、インド洋のシーレーンを中国に向かう船舶は自力で保護しなければならない。
そのため、パキスタンやバングラデシュなどへの海軍拠点の構築作業とともに、原子力潜水艦によるインド洋作戦能力の獲得に邁進しているのである。
万が一にもアメリカ海軍力が低下し続け、原油や天然ガスを満載してインド洋や南シナ海のシーレンを日本へ向かう莫大な数に上るタンカーなどをアメリカ海軍が保護する余裕が低下した場合に備えて、日本もある程度は独力で“海の生命線”を確保する能力を構築する必要がある。
しかしながら、「国防」というと依然としてアメリカにすがりつくことしか思い浮かばず、アメリカに捨てられないためにアメリカの歓心を得る(と日本政府や政治家が思い込んでいる)目先の施策に振り回されているようでは、とても日本国民の運命を左右するシーレーンを保護するための大戦略を生み出すことはできない。
北村 淳 Jun Kitamura
戦争平和社会学者。東京生まれ。東京学芸大学教育学部卒業。警視庁公安部勤務後、平成元年に北米に渡る。ハワイ大学ならびにブリティッシュ・コロンビア大学で助手・講師等を務め、戦争発生メカニズムの研究によってブリティッシュ・コロンビア大学でPh.D.(政治社会学博士)取得。専攻は戦争&平和社会学・海軍戦略論。米シンクタンクで海軍アドバイザー等を務める。現在サン・ディエゴ在住。著書に『アメリカ海兵隊のドクトリン』(芙蓉書房)、『米軍の見た自衛隊の実力』(宝島社)、『写真で見るトモダチ作戦』(並木書房)、『海兵隊とオスプレイ』(並木書房)、『尖閣を守れない自衛隊』(宝島社)等がある。
』
【輝かしい未来が描けなくなった寂しさ】
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