●改革はできるか モディはサリーの生地のデザインになるほど人気だが…… Danish Siddiqui-Reuters
『
2014.05.28(水) The Economist
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/40778
ナレンドラ・モディ:インドの強力な指導者
(英エコノミスト誌 2014年5月24日号)
●インドはまだ世界最大の貧困人口を抱えている(写真はコルカタ郊外)〔AFPBB News〕
ナレンドラ・モディ氏の圧倒的勝利により、インドは繁栄に向け、かつてない絶好のチャンスを手にしている。
中国の国民1人当たりの国内総生産(GDP)は、
30年間で年平均およそ300ドルから6,750ドル(注、22倍)
に増加した。
これにより、かつては想像もできなかった繁栄が何億人もの中国国民にもたらされただけでなく、世界の経済と地政学も姿を変えた。
インドの国民1人当たりのGDPは、30年前は中国と同じだった。
だが、今では中国の4分の1にも満たない。
2~3度の改革と急成長にもかかわらず、インド経済はこれまで、東アジアの多くの国を貧困から引き上げたような勢いを得たことがない。
インド国民は不満を抱え、仕事や教育を得られず、不健康で飢えている。
その観点で言えば、人的損失は計り知れない。
だが今、インドは史上初めて、成長を最優先事項に掲げる強力な政権を手にした。
インド人民党(BJP)を率いるナレンドラ・モディ氏は、インド経済を機能させるという公約の力により、圧倒的な勝利を収めた。
本誌(英エコノミスト)はモディ氏を支持してこなかった。
モディ氏がグジャラート州首相を務めていた時期に、同州で起きたイスラム教徒の虐殺について、十分な償いをしていないと考えているためだ。
それでも、本誌はモディ氏の成功を祈っている。
インドの成長という奇跡が起きれば、それはインド国民にとってだけでなく、世界にとっても素晴らしいことだからだ。
■家臣からリーダーへ
インドの失敗の中心にあるのは、政府だ。
インドが過去に得た数少ない強力な政権――いずれもネルー・ガンジー一族の地盤である国民会議派が支配する政権だった――が立てた経済計画は腐敗していた。
退任するマンモハン・シン現首相のような改革派の政治家は、自らの政策を実施できるだけの影響力を持たなかった。
そうした状況になった一因は、インドが並外れて統治の難しい国だという点にある。
権力の多くは各州に移譲されている。
インドの政治は小党乱立的な性質があるため、無数の地域政党やカーストベースの政党を相手に、常に取引をしなければならない。
そして、植民地時代と社会主義の過去の遺産として、方向を変えるのが難しい官僚組織が残されている。
ガンジー家の家臣に過ぎなかったシン氏には、方向を変えられる見込みがほとんどなかった。
それに対して、モディ氏は党内でも国内でも巨大な権力を握っている。
BJPの勝利は、優れた組織力のおかげでもあるが、リーダーの訴求力によるところが大きい。
インディラ・ガンジー元首相が暗殺された1984年以降、これほど強力な人物がインドの政権の座に就いたことはなかった。
モディ氏は議会で圧倒的過半数を得ている。
選挙が行われたインド下院の543議席のうち、282議席をBJPが獲得したのだ。
過去に単独過半数を獲得したことがある政党は国民会議派だけで、それも30年以上前のことだ。
議会の勢力と個人の力を兼ね備えたモディ氏なら、各州政府を思い通りに動かせる見込みはシン氏よりも大きい。
一方、国民会議派は大敗し、わずか44議席しか得られなかった。
こんなジョークが流行っている――
「インドには先週まで政府がなかったが、いまでは野党がない」
モディ氏は経済改革に関する信任を得ている。
モディ氏の中心的な支持層は、ヒンドゥーの過去の栄光に浸る宗教的な民族主義者だが、選挙で勝利できたのは、都市部に住む高学歴の若者の票を得たからだ。
彼らは国民会議派の成り行き任せの政策と腐敗、そして機会促進よりも福祉のばらまきを優先する姿勢にうんざりしていた。
彼らが求めているのは、自己開発のチャンスだ。
それはお茶商人の息子であるモディ氏が体現し、また約束しているものだ。
■モディ氏の課題
★.モディ氏の第1の課題は、脆弱な経済を安定させることだ。
銀行をすっかりきれいにし(不良債権が経済回復を妨げている)、政府自身の財政を整理し(慢性的な赤字がインドのインフレの根底にある)、補助金を削減し、税基盤を広げ、中央銀行がより厳しいインフレ対策を実施できるようにしなければならない。
★.第2の課題は、雇用創出だ。
インドの労働法は硬直的で、工場用地はカネをいくら出しても確保できないことが多く、電力供給は不安定だ。
全面的な土地改革に着手し、なかなか軌道に乗らない石炭・電力業界の現状を打破する必要がある。
また、インドの単一市場化を進めなければならない。
そのためには、道路や港などを整備するだけでなく、インド経済を分断している官僚主義に大なたを振るう必要もある。
その点では、各地域で課されている無数の税金に代えて、全国一律の売上税を導入する策が効果的だろう。
そうした比較的簡単な対策でも、大きな違いを生み出せるだろう。
インドの成長率を、現在の4~5%から2ポイント、場合によっては3ポイント引き上げることもできるはずだ。
パキスタンとの和解に動けば、経済面だけでなく、安全保障面でも利益を得られるだろう。
印パ間の貿易は現時点ではごくわずかで、非常に大きな成長の余地がある。
民族主義右派政党の指導者であるモディ氏は、イスラエルのメナヘム・ベギン元首相がエジプトとの平和条約を締結できたように、和解を実現するうえで有利な立場にある。
差し当たり、良い方向に進みそうに見える。
モディ氏はパキスタンのナワズ・シャリフ首相を自身の就任宣誓式に招待したのだ。
■すべてにあてはまるルール
大きな危険要素は3つある。
★.第1の危険は、モディ氏の経済改革者の側面よりも、
ヒンドゥー民族主義者の側面の方が大きいことが明らかになる可能性だ。
モディ氏は「全国民とともに歩む」と口にしている。
だが、勝利後すでにガンジス川で礼拝し、ヒンドゥー教徒の聖地であるこの川の浄化を約束している一方で、人口の15%を占めるイスラム教徒については何も言及していない。
★.第2の危険は、モディ氏がインドの複雑さに負けてしまう可能性だ。
モディ氏の改革に向けた努力は、これまでのすべての改革者の努力と同じように、政治と官僚主義と腐敗の組み合わせに打ちのめされてしまうかもしれない。
そうなれば、インドはさらに1世代か2世代にわたり不振が続くことになるだろう。
★.第3の危険は、モディ氏が自らの力にのぼせあがり、インディラ・ガンジー元首相がしばらくの間そうであったように、民主主義者ではなく独裁者として支配するようになることだ。
この懸念には根拠がある。
長年にわたる国民会議派の成り行き任せの統治を経て、インドの政府機関の一部は腐りきってしまった。
警察の捜査トップは政治家の支配下にあり、メディアは買収可能で、法的な独立性を持たない中央銀行は、これまでにも無理を通されたことがある。
しかも、モディ氏には専制的な傾向がある。
確かにリスクは存在するが、今は楽観的になるべき時だ。
成長に力を注ぐ強力な政権があり、それを強く望む国民がいる今こそ、インドは、繁栄に向かって走り出すため、独立以来最大のチャンスを手にしている。
© 2014 The Economist Newspaper Limited. All rights reserved.
英エコノミスト誌の記事は、JBプレスがライセンス契約 に基づき翻訳したものです。
英語の原文記事はwww.economist.comで読むことができます。
Premium Information
』
『
ニューズウイーク 2014年5月27日(火)15時03分
http://www.newsweekjapan.jp/stories/business/2014/05/post-3274.php
インド新首相が掲げる「モディノミクス」の実力
Modinomics: Myth or Magic?
総選挙は最大野党の圧勝でモディ首相が誕生。
その名高い経済手腕は国政でも通用するか
インドの総選挙は先週末に開票が行われ、次期首相の座に就くのは右派の最大野党・インド人民党(BJP)を率いるナレンドラ・モディが確実になった。
3月に地元紙に掲載された調査によれば、総選挙の最大の争点は経済成長だった。
インドの人口の半数以上は26歳未満だが、このところのGDP成長率は5%で頭打ち状態にあり、中央銀行はインフレも抑制できずにいた。
モディ人気の背景には、停滞する経済への失望感や、左派の現連立政権が経済を再生できないことに対する怒りがある。
そんななか、モディが首相を務めてきた西部グジャラート州は高い経済成長を遂げており、モディには「行政の魔術師」のイメージがある。
強い指導力で州のインフラを整備し、自動車のフォードや衛生用品のコルゲートといった世界的大企業の投資を呼び込んだ。
世界最大の石油精製所もあり、農業も主要産業だ。
これこそ、モディが首相となったら全国に導入を公約する「グジャラートモデル」だ。
モディの経済手腕は、世界からも評価されてきた。
ゴールドマン・サックスは昨年の報告書で、モディを次期首相として最も適任だと称賛した。
だが「モディノミクス」と呼ばれるモディの経済政策は、厳しい目で見ればすぐにほころびが見える。
例えば、グジャラートはモディがいなくても同じように繁栄していたのではないかという問いを投げ掛けてみたら──答えはおそらく、イエスなのだ。
■具体性のない政策ばかり
グジャラート州は地理的に好条件に恵まれている。長い海岸線は輸出の拠点となり、広大な乾燥地帯は工場用地に最適だ。
長期的に見れば、グジャラートの成長率はモディが01年に州首相に就任する前から国を上回っていた。
90年代には国の成長率が3.7%だったのに対し、グジャラートは4.8%。
00年代は5.6%に対して6.9%だった。
この程度なら、グジャラートはどうしてもっと成長できなかったのか、という疑問のほうがふさわしいだろう。
グジャラートモデルをあがめる人々に突き付けたいのは、より良いモデルはほかにたくさんあるという事実だ。
04年から12年までの国民1人当たりのGDP成長率は、グジャラート8%に対して、タミルナド州8.6%、ビハール州は15%だった。
1人当たりの公共支出ではグジャラートは29州中12位。
貧困削減、女性の識字率、幼児死亡率では、それぞれ14位、15位、17位という凡庸な順位だ。
モディがグジャラートモデルをインド全土で展開するには多くの障害がある。
連邦制度の下では中央政府より各州の自治権が強い。
多くの州でモディの政敵が首相になっており、モディは彼らの機嫌を取らなければならないだろう。
モディがどんな経済政策を取るのかはまだ見えてこない。
今回の選挙は首相候補たちの人間性や私生活にばかり焦点が当たり、重要な政策論議は後回しにされた。
モディは人材、貿易、テクノロジー、観光、伝統の5つで「インドブランド」を促進すると発表したが、具体的なことは何も伝わってこない。
モディは公務員の削減、政府の効率化、労働法の改正、賃上げなどにも取り組む必要がある。
どれも時間がかかり、実現できる保証のない難題だ。
今回の総選挙は、いわば貧困対策と経済成長どちらを優先すべきかを問う国民投票だったが、モディは両方を実現できると豪語してきた。
だが彼がよく使った「統治」「高潔」「成長」という言葉は、ひいき目に見ても薄っぺらい。
From GlobalPost.com特約
[2014年5月27日号掲載]
』
_