●タイ国営放送局のロビーを占拠する兵士(バンコク、20日) REUTERS
2014.05.16(金) The Economist
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/40698
タイの危機:すべてが壊れてしまった国
(英エコノミスト誌 2014年5月10日号)
長らく危機が続くタイは、崖っぷちに近づいている。
政府と反政府勢力の両者が妥協しなければ、崩壊してしまう恐れが十二分にある。
●憲法裁判所の判決を受け、首相を失職したインラック・チナワット氏〔AFPBB News〕
現状を見ていると絶望感に襲われる。
10年前のタイは輝かしい模範であり、東南アジアでも活気あふれる民主主義と盛況な経済の両立が可能なことを示す珍しい証拠だった。
これを5月7日のタイと比べてみるといい。
この日、首相のインラック・チナワット氏が2011年に親類を優遇するために国家安全保障会議事務局長を更迭した人事に関して、憲法裁判所が首相と閣僚9人を失職とする判決を下した後、タイは混乱状態に陥った。
適切な法的手続きが見せかけで、インラック氏の縁故主義に対する嫌悪感があったにもかかわらず、この人事は首相の失職に値するほどの違法行為ではなかった。
憲法裁の判決はむしろ、タイがどれほど地に落ち、どれほど深く分裂し、同国の制度機構がどれほど破綻しているかを示す尺度だ。
タイの国民が崖っぷちから引き返さない限り、
この国はカオスと無政府状態、あるいは完全な暴動に陥る恐れがある。
裁判所はインラック氏を追放することで、扇動的なポピュリストのステープ・トゥアクスパン氏率いる反政府勢力が何カ月もバンコクで街頭デモを行っても実現できなかったことを成し遂げた。
裁判所がインラック氏に不利な判決を下したのは今回が初めてではない。
同氏はバンコクの道路封鎖を打開するために2月に選挙を行うことにしたが、野党・民主党が選挙をボイコットし、裁判所は選挙結果を無効とした。
それ以降、インラック氏は暫定政府の首相として、弱々しく政権を運営してきた。
タイ人の多くが受け取ったメッセージは、裁判所は、3年前に地滑り的な勝利で首相に就いたインラック氏と、特に同氏の兄で、2006年のクーデターによってやはり首相の座を追われ、自主亡命中のタクシン・チナワット氏による政治を粛清することに血道を上げる王党派の支配階級の味方だ、ということだった。
■2つのビジョンの対立
政府機構全体が、タイの2つのビジョンの対立に飲み込まれてしまった。
タクシン氏の支持者にとっては、2001年の同氏の首相就任は、数十年続いた汚職まみれの連立政権や軍事政権による支配からの待望の解放を意味した。
1997年に公布された民主的な新憲法の助けもあって、タクシン氏はタイの多数派――主に同氏の牙城である北部や北東部の人たち――に発言権を与えた。
支持者から見れば、タクシン氏は医療・教育プログラムを提供して最も貧しい人たちの生活を一変させ、さらに官僚、軍、司法、そして病気療養中のプミポン・アドゥンヤデート国王の宮殿の廊下をうろつくタイの特権階級に立ち向かった人物だ。
タクシン派にとっては、最近の街頭デモも憲法裁判所の行動主義も、選挙結果を受け入れられない支配階級の仕業だった。
2001年、2005年、2006年、2007年、そして2011年には、タクシン氏に忠誠を誓う政党が公明正大に選挙を制したし、インラック氏のタイ貢献党も2月に勝つはずだった。
こうした解釈には一理ある。
だが、チナワット一族の反対勢力の言い分にも一理ある。
反チナワット派は特に、タクシン派の歴代政権は農村部の支持者の利益(馬鹿げたコメ補助金制度は財政を破綻させる恐れがある)と億万長者であるタクシン氏本人の利益のために運営されてきたと批判している。
亡命中で、選挙で選ばれていないタクシン氏がドバイからタイを牛耳っている構図には、どこか不気味なところがある。
そして今、タイは膠着状態に入ろうとしている。
選挙が実施されることにはなっている。
インラック氏には、敵対する非民主的な王党派と選挙で戦う権利があったはずだ。
しかし、選挙は何の解決にもならない。
野党がボイコットするからだ。
ステープ氏は品行方正な人たちから成る「国民会議」を提案したが、タクシン派はいみじくもそれを、彼らを締め出すための隠れ蓑と見るだろう。
和解の糸口が見えない両者の不和は、タイの裁判所と陸軍、そしてさらに王室まで巻き込み、同国を危機的状況に追い込んだ。
何年も鬱積する不満に耐えてきた投資家は、戦々恐々としている。
今年に入って既に流血事件が起きている。
タクシン派の支持者が街頭での衝突を起こす恐れがあることから、暴力が拡大する可能性が高まっている。
■立ち止まって考えよ
もしタイが大惨事を回避しようとするなら、両者はこの崖っぷちから引き返さなければならない。
起点となるのは、タイの極めて中央集権的な統治制度を分権化することだ。
現在、民主的に選出された知事がいるのは首都バンコクだけだが、76あるすべての県も同様に知事を置くべきだ。
そうすれば、南部の不満を持つイスラム勢力を食い止める一助になるだけでなく、ステープ氏にも褒美を与えることになる。
国政選挙の勝者がすべての権限を勝ち取る状況に終止符が打たれるからだ。
この改革と引き換えに、民主党は選挙結果を受け入れることを約束しなければならない。
そして、その見返りに、タイ貢献党はチナワット家の人をトップに据えずに党を運営しなければならない。
今日のタイには善意が欠けている。だが、争いを続ければ、両者はタイに破滅をもたらす恐れがある。
それに比べれば、妥協は小さな代償だ。
© 2014 The Economist Newspaper Limited. All rights reserved.
英エコノミスト誌の記事は、JBプレスがライセンス契約 に基づき翻訳したものです。
英語の原文記事はwww.economist.comで読むことができます。
Premium Information
』
『
読売新聞 2014年05月20日 08時35分
http://www.yomiuri.co.jp/world/20140520-OYT1T50009.html
タイ国軍、戒厳令発令…「クーデターと異なる」
【バンコク=石崎伸生】
昨年から政治危機が続くタイの国軍は20日午前3時(日本時間午前5時)、全土に戒厳令を発令した。
事実上の軍トップであるプラユット陸軍司令官は6時過ぎからテレビ演説を行い、「軍はできるだけ早く平和を回復したいと望んでいる」と述べ、反政府デモ隊や政府支持派・反独裁民主戦線(赤シャツ隊)に活動の即時中止を促した。
国民に向けては「パニックにならず、通常の生活を送ってほしい」と呼びかけた。
司令官の演説に先立ち、軍スポークスマンは、戒厳令は秩序の回復のための措置であり、憲法を停止して実権を掌握するクーデターとは異なると強調した。
タイではタクシン元首相派の政府・与党に反対する勢力のデモが昨年11月から続き、最近もデモ会場を狙った爆発や銃撃事件が発生し、これまでにデモ関連の死者は28人に達している。
プラユット司令官は15日の声明で「治安回復に必要なら武力も使う」と表明。
クーデターから戒厳令に乗り出すのではとの臆測も高まっていた。
戒厳令布告により、これまでは主に警察が行ってきた治安維持活動は軍が全権を担う。
軍は主要テレビ局に入って放送内容をモニターしているほか、バンコク市街では軍による検問もみられる。
反政府デモ隊は戒厳令発令を受け、20日に予定していたデモ行進を中止すると発表した。
一方、ロイター通信によると、反独裁民主戦線の幹部は、バンコク郊外で10日から続けている大規模集会を続ける意向を示した。
幹部は
「選挙を行ったうえで、新しい首相が就任するという民主主義の原則に立ち戻ることが出来るまで活動を続ける」
と述べた。
一方、選挙管理内閣を率いるニワットタムロン首相代行の側近は、軍から戒厳令発令について事前の相談はなかったと説明。
そのうえで、
「選挙管理内閣は存続している。治安を軍が担当することを除けば通常と変わりない」
と述べ、懸案である総選挙の早期実施に努める立場を強調した。
タクシン元首相の妹インラック前首相は5月7日、憲法裁判所の違憲判決を受けて失職した。
その後もタクシン派の選挙管理内閣は続いており、ステープ元副首相率いる反政府派は現内閣の一掃を目指して、19日から「最後の戦い」と称する運動に乗り出していた。
』
『
ウォールストリートジャーナル 2014 年 5 月 20 日 10:15 JST 更新
http://jp.wsj.com/news/articles/SB10001424052702303923004579572673693835570
タイ全土に戒厳令、「クーデターではない」
【バンコク】タイ陸軍は20日未明、タイ全土に戒厳令を発令した。この予想外の動きについて陸軍は、同国の激しい政治紛争を終わらせるためのクーデターではないと述べた。
プラユット陸軍司令官は午前3時に2つの声明を発表し、タイの治安悪化に対応するために全土で戒厳令が必要だと述べた。
タイではポピュリスト政権と保守的な反対派との激しい対立が続き、政権打倒を目指す街頭での抗議活動が6カ月以上続いている。
陸軍の最初の発表でプラユット司令官は、バンコク内外で抗議活動関連の暴力がエスカレートしていることは
「複数の地域で暴動や深刻な混乱を招く恐れがあり、国家や国民の安全を脅かしている」
と述べた。
陸軍が運営するテレビ局「チャンネル5」は画面下部に字幕を流し、パニックを起こさないよう国民に呼びかけた。
この字幕では
「陸軍は平和を守り、すべての人々の安全と治安を維持することを目指している」
とし、
「心配せずいつも通りに生活するように。
これはクーデターではない」
と述べている。
』
_