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JB Press 2014.03.19(水)
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/40209
マレーシア機の大捜索で誇示された中国の新たな「海洋強国戦略」
インド洋までも視野
南シナ海では実効支配を既成事実化へ
8日に消息を絶ったマレーシア航空370便の消息は、11日目を迎えた18日になっても機体はいまだ行方不明。
根本的な謎が解決されるまでには至っていない。
ただ、分かってきたことは、「ハイジャック、あるいは自殺行為のような意図的行為」により飛行機が消えたということ。
何らかの理由で、「故意」に南シナ海でいったん消息を絶ったあと、マレーシア北部を越え、インド方面(インド洋)に針路を変えたとする可能性が非常に高い。
■消息不明は、アンワル元副首相を支持する機長の“ジハード”なのか
ナジブ首相が公開した衛星データ分析によると、不明機は、広大な2つの地域に位置する可能性がある。
1つは、タイ北部から カザフスタン、さらにトルクメニスタンに至るまでの北側地帯。
もう1つは、インドネシアから広大なインド洋にかけての南側地帯。
しかし、北側は、武装テロ集団などによる紛争の絶えない広範な地域が広がり、ミャンマー、タイ、パキスタン、インドなどを 通過しなくてはならない。
特に辺境地域空域は、各国の警戒の重点的地域。
米国のアフガニスタンでの設備が警戒を強化している空域も含まれ、通常は、領空侵犯でスクランブルを受けるはずだ。
さらに、各国空軍の衛星やレーダーだけでなく、民間のレーダーが交錯する地域を“フリーパス”で潜り抜けることは考えにくい。
米国当局筋は、
「不明機がインド南部のレーダーの範囲外に相当する海域に墜落した可能性が高い」
とした上で、
「現在の時点で、同機がどこかに着陸したとは考え難い」
とも分析。
また、2001年9月の米国同時多発テロ以降、
たとえ乗客が殺害されても、操縦室のドアは開閉しないこと
が航空業界の暗黙の了解になっており、乗客など外部からの侵入も考えにくい。
■不明マレーシア機の捜査、操縦士2人に焦点
●消息を絶ったマレーシア航空MH370便のザハリ・アフマド・シャー機長 ©EYEPRESS NEWS〔AFPBB News〕
MH370便には航空工学関連のエンジニアや民間のパイロットが搭乗していたとされるが、今のところ高度な操縦能力を持つ乗客への特定には至っておらず、さらに副操縦士もボーイング777の訓練飛行だったという事実から浮かんだ“容疑者”が、ザハリ機長(53歳)。
飛行時間は1万8000時間以上のベテラン操縦士で、自宅にはボーイング777のフライトシミュレータ―も装備していた。
マレーシアの捜査当局は、ザハリ機長の家宅捜索なども行ったが、では一体、動機は何なのか。
カリド警察長官は記者会見で幾度も「ハイジャック、乗員の職務放棄、乗客・乗員の精神的問題、乗客・乗員の金銭問題(負債等)」をその根拠としている。
最も有力なのは、状況証拠などから考えられる機長の「自殺」。
機長は反政府派で、民主化運動のカリスマ指導者として海外でも知られるマレーシアのアンワル元副首相(関連コラム記事2月27日)の熱烈な支持者。
航空機が消息を絶つ前日の7日、マレーシア上訴裁判所はアンワル元副首相に対し、同性愛行為による禁固5年の有罪判決を下した。
ザハリ機長は友人・関係者に、アンワル支持のため裁判所に出向きたいという意向を示していたという。
結局、その判決に抗議し、「民主的な正義」を訴えるため、乗客を道づれに“ジハード(聖戦)”したのではないかと思われる。
日本では想像もつかないことだが、マレーシアではマハティール元首相による強権政治がいまだに影を落とし、与党政府の汚職や不正が蔓延している。
昨年5月には60年ぶりの政権交代が期待され、アンワル元副首相が率いる野党勢力が52%と過半数の得票率を獲得したにもかかわらず、与党に有利な選挙システムで、与党が政権を維持した(関連コラム記事2013年7月10日)。
国民の声が反映されず、次期総選挙での政権交代に望みを託していた矢先のアンワル元副首相の有罪判決だったというわけだ。
英国の「The Mirror」紙は、ザハリ機長が、総選挙後の抗議運動「BLACK 505」で野党支持者が着用した「Democracy is Dead(民主主義が葬られた)」と書かれた黒いTシャツを着た写真を掲載。
野党党員でもあったとされる。
しかし、地元メディアは政府系で、前回の総選挙やマレーシアの民主化は大きく報道されなかった。
そこで、飛行機を消えさせるミステリーを”演出”することで、マレーシアの腐敗した政治や民主化の波を浮かび上がらせ、世界に知らしめたかったのではないだろうか。
■機に乗じて軍事的プレゼンスを拡大する中国
同機長の身辺捜査が続く中、239人の乗客、乗員を乗せた不明機の捜索は、依然、難航している。
26カ国、100以上の航空機や船舶が大走査線を張る中、中国の「プレゼンスの台頭」は、群を抜いている。
数ではマレーシアに劣るが、自らが南シナ海と東シナ海に領有権を主張し、同域内で軍事力誇示を進める中で、捜索は同国の“軍事ショー”と化している。
捜索難航にかこつけ、乗客の過半数が自国民でその救助という国内世論や軍事力強化を企む軍部の強力なバックの下、艦船4隻、沿岸警備船4隻に加え、人工衛星10基、航空機8機を続々と投入している。
救助活動目的の船舶派遣としては過去最大で、海外で起きた外国籍の行方不明機への対応としては極めて異例のことだ。
捜索救助活動には無縁なミサイル護衛艦「綿陽」や揚陸艦「井岡山」に加え、
攻撃力に優れた2万トン級の中国海軍最大の揚陸艦「崑崙山」と「金剛山」が投入されたことは「アジア重視」を掲げるオバマ政権も憂慮している。
それだけでなく、中国が南シナ海に独自に決めた境界線「九段線」を巡って対立する東南アジア諸国連合(ASEAN)の国々では、今後、中国が不明機捜索支援を名目に、さらなる覇権の足がかりを固めるのではとの警戒が高まっている。
特に、中国当局によるマレーシアの危機対応能力への批判で両国間の相互不信が高まっている上、捜査難航という複合的な要因が、中国に域内での軍事力増強を図らせる口実になりかねないと憂慮されている。
■不明マレーシア機、「何者かが意図的に針路変更」ナジブ首相
●記者会見するマレーシアのナジブ・ラザク首相〔AFPBB News〕
また、初動からのマレーシア政府の危機管理体制での“失態”が、かえって域内での中国のプレゼンスの不可欠さを皮肉にも世界にアピールし、その実効支配の既成事実化を図らせてしまった感も拭えない。
軍事専門家などは、今回の中国の艦船派遣など、中国人民解放軍による「全面展開」は、
中国海軍の同域内での軍事力増強と、外国での自国民保護や救助などを含む中国海軍の新たな「海洋強国戦略」を反映している
との見方を示す。
実は、1月20日から2月11日までの3週間にわたり、中国南部を出発した潜水艦1隻、国駆逐艦2隻、揚陸艦1隻の海軍艦隊が、東南アジア水域の“パトロール”(実態は演習)と称した行動を取ったことが判明した。
その航路は中国海軍が通った過去の航路よりも、はるか先の南方だった。
中国艦隊はその後、自らが主張する自国水域を越えインド洋に向かい、さらにはインドネシア南方水域で中国艦船による初演習も実施された。
習政権が掲げる「海洋強国化」には、「アジア重視」政策を進める米国に対抗できる軍事力の増強、構築が不可欠。
よって、中国にとって尖閣諸島を含む東シナ海や南シナ海での海洋権益確保は最優先任務となるため、全人代(国会に相当)開会中の5日、発表された2014年の国防費は主に海軍に集中投入される見込みだ。
中国の新たなミッションの狙いが何であれ、今回の中国艦隊のASEAN域内周辺国のパトロールは、人民解放軍の“守備行動エリア”がさらに拡大していることを示すもので、近隣諸国での緊張は高まっている。
マレーシアのナジブ首相は、不明機の捜索範囲を中央アジアのカザフスタン地域やインドネシアからインド南部に拡大すると語り、すでに中国艦隊は捜索活動を行っている。
それは中国にとっては、緊急時を利用した、軍事的影響力を誇示する絶好の「実地演習」になることを意味する。
末永 恵 Megumi Suenaga ジャーナリスト
米国留学(米政府奨学金取得)後、産経新聞社入社。産経新聞東京本社外信部、経済部記者として経済産業省、外務省、農水省記者クラブ等に所属。 2001年9月11日発生の同時多発テロ直後に開催された中国・上海APEC(アジア太平洋経済協力会議、当時・小泉純一郎首相、米国のブッシュ大統領、 ロシアのプーチン大統領、中国の江沢民国家主席等が出席)首脳会議、閣僚会議等を精力的に取材。
その後、大阪大学特任准教授を務め、国家プロジェクトのサステイナビリティ研究(東大総長の小宮山宏教授《現・三菱総合研究所理事長・東大総長顧問》をトップとする)に携わり、国際交流基金(Japan Foundation, 外務省所管独立行政法人)の専門家派遣でマラヤ大学(客員教授)で教鞭、研究にも従事。
政治経済分野以外でも、タイガー・ウッズ、バリー・ボンズ、ロサンゼルス五輪組織委員会のユベロス委員長、ダビ・フェレール、錦織圭などスポーツ分野の取材も行う。マレーシア外国特派員記者クラブ所属。
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【輝かしい未来が描けなくなった寂しさ】
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